ひらはたの石塚(下渕)
 
 
下渕の北方の丘陵にひらはたというところがあり、その峠のいただきに、高さ約五メートル

、周囲約二〇メートルばかりの大きな石塚があり、通称これを「ひらはたの石塚」といってい

る。  ちいさいのでこぶしぐらい、大きいので頭ぐらいの無数の石塊を、ピラミッド形につみ

あげ、その頂上に、もみの小木が一本植えられている。  この道は、吉野口、今木方面か

ら、下渕、下市へ越えてくる旧街道で、大峯山におまいりをする修験道の行者たちは、千石

橋を渡って下市から洞川へはいるか、または吉野川沿いにさかのぼり、柳ノ渡をわたって

吉野山を経て山上へいくかのいずれかの道をとったが、いずれもこの峠を越えたので、む

かしはかなりにぎわい、頂上には茶屋もあった。  ここまでくると、大台、大峯の諸山が一

望のうちに眺められるので、行者たちはここを第一の行場として、身を正し旅の安全を祈願

した。  そしてこのあたりは、岩塊が多くて歩きにくい山道であったところから、いつのころ

からか行者たちは、その石ころを拾ってそれを頂上へはこんで石塚をつくることが、是非し

なければならない信仰行事として習慣化されるようになって、今のような石塚がつくられたと

いうわけである。  交通機関の変遷によって、今はこの道を通る人のすがたはまったく絶え

、生いしげる雑草に埋もれてしまっているありさまであるが、それだけに、そういうなかに残

されている信仰遺跡をみると、よけいにゆかしく先祖たちの心が偲ばれる。  なお、かつて

その石を、持ちかえって家の礎石にした者がいたが、その人はたちまち重症にかかったば

かりでなく、家運も衰頽したというようないい伝えがあり、今にだれもそれにさわろうともしな

い。